ブラックアジアを読んでいて自分の過去の「きっかけ」を思い返した。つまり、なぜバンコクに魅かれたか。昨日で28歳になった。
兄貴Hと初めて行ったのは23のとき。24になるちょっと前の3月8日から4日間。当時、海外には2.3回グアムだのサイパンだの行っただけで、海外旅行は足の裏よりどーでもいいことだった。Hから誘われ、たまにはいいかな、と思っていったら、魅せられた。
ただ、1回目の旅行ではさほどタイにたいしてそれほど固執していたわけでなかった。ただ、旅行の最終日に出会った子の印象しかなかった。2回目である。当時金もそんなになかったので友人とまあ軽く行こうか、という感じだった。
その時も魔のナナに行っている。そこに居たのが一回目の旅行のときに会った子である。その子は例によってゴーゴーの子で向こうから声をかけてきた。僕は当然覚えていたのだが、向こうが完全に僕のことを覚えていた事に驚いた。そこからである。
最大の問題であるコミュニケーション、言語。これに関しては問題なかった。その彼女は日本語ぺらぺら。もう何回もバンコクに行っているがいまだに彼女より日本語のうまい子には会ったことがない。その彼女の才能のおかげでいろいろ、タイの文化や、言葉、ものの考え方を学んだ。彼女は客はとりながら真剣に僕に向き合っていた。なぜか金は介在しなかった。そこからである。
この子から多くのことを学んだ。初めて外国に行くと、特に単一民族である日本人は環境に対し一線を引く。未知に対する防衛本能だろう。僕もそうであった。しかし彼女の高いコミュニケーション能力とお互いの姿勢によって新しい事に近づくことができた。
世間でよく言う、人類みな兄弟、と初めて聞いたときは理解できなかった。漠然としすぎて想像つかなかった。しかし、彼女からの影響により得た一番大きなものは、国はちがくとも悲しみ、喜び、怒り、楽しみ、などという人間の「本質」は人間である以上同じであり、時代も国籍も関係ない、ということに対するリアリティーであった。
それは僕の価値観や、判断に大きな影響をもたらし、度々このブログにも書いてある通り、人種差別、偏見に対し慎重でなくてはならないと思っている。
国という大きな枠で捉えず個人として捉えることが重要で、俗に言う、どの国行ってもいいやつもいれば悪いやつもいるということである。
結局のところ、このリアリティーが新鮮であったのであろう。現実感のない時間での強烈なリアリティー。それを教えてくれたその子を好きになり、とどのつまり、人として「近づけた」のを感じた。それは新鮮で斬新だった。親近感が生まれた瞬間である。
その新鮮さを通してもっと彼女に興味を持ち、受け入れ、価値観や、環境に対し興味を持った。それが「きっかけ」だった。価値観に対して角度が広がった瞬間であった。
倫理上、買春という行為は良くない、ということは理解している。ただ、その行為によってもたらされた価値観は皮肉にも僕にとって大きなものになった。「アジアの違い」と題打っているが本当のところに違いはない。
最近のコメント