そろそろ
ブログを再開しようかと思っています。
もう少し待ってくださいね。。
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鴨志田 穣氏が死去してから結構経つ。
氏の著書を多く読んだが今、再度読み返しても良いものは良いものである。トップページでもアマゾンのリンク張っているが、仮にアジア的な思考を持つなら日本での息抜きに読んで見るといいと思う。
勤勉が美徳とされる国の人たちと、その美徳の価値が違う人たち。なぜこの価値観の違いが生まれたのか。歴史と気候、偶然の積み重ねによるものだと思う。そうだと仮定すると非常に面白いとおもった。
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今日はディスコについて。
タイのディスコが好きだ。何が好きかというと面白い。エンターテイメント性も高い。日本のクラブに位置するが何か違う気がする。もっと敷居が低い。日本のライブハウスがでかくなってもっと内輪だけでなく、なんというか。。。その辺のおばさんがふらっと入れる雰囲気というか。。。
夜に人が動く国なんだろうなぁ、と思う。かっこつけてない感じがいい。誰でも入れる。。。客層が広い。日本では完全に客層が決まって、売る側はそこを狙って店を作る。
日本人は遊ぶのが下手なのか。そんなことないと思う。環境がそうさせてるだけ、と思う。
日本にデカイ箱の敷居の低いクラブを作りたいなと思った。でも勤勉が美徳とされる国で何処まで客が遊べるかなんてタカが知れてる。遊ぶことに抵抗を感じるやつらしかいない国。いいのか悪いのか。
作ろうと思ったとき、土壌を作るために政治家にならなきゃ出来ないんじゃないかって思った。資本経済の負の産物だね。
いろいろ書きたいがこの辺で。
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昨日久しぶりにボスにつれられて新宿のオカマバーとかで飲んだ。
そのあと歌舞伎町あたりでうろうろしていたが、何か違和感を感じた。街に溶け込んでない感覚を覚えた。ココ何ヶ月で急速に自分の中の何かが変化している気がする。
いいのか悪いのかわからない。雑踏の中にいることに違和感を感じた。たぶん精神的なものだろうが何かおかしい。前は家が歌舞伎町のすぐ近くにあって、引っ越して離れて久しいから、というのも違う。
いまそう感じても1ヵ月後には関係なくなるかもしれない。でも、もしその感覚が続いたら。。場所を変えるしかない。
どうなるのか、どうなりたいのかは今はわからないがそれは必要なのかもしれない。
きっかけ、で以前バンコクについて書いたが、その街と同じように新宿は懐が深く、同じように価値観の違う人間がたくさんいる。その環境にガキのころから影響受けまくって今の自分がある。
街に固執している自分を感じる。
「バンコク」にハマった「きっかけ」を思うなら、「新宿」にハマった「きっかけ」も同じじゃないかと思った。自分がガキの時に新宿で働いて、人生で初めての人がたくさん集まるところで、何がなんだかわからないまま刺激を受け、可愛がられて、受け入れられて、居場所をが出来て。好奇心を満たす街。バンコクを好きになった理由と何も変わらない。新宿は「当時の自分にとって新しい刺激がたくさんあった街」になったのかもしれない。
その場所に違和感を感じるということはとても寂しいことだ。そのうちバンコクもそうなってしまうかも知れない。
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久しぶりに歌舞伎町に行った。
裏ビデオ摘発があって、あの地帯はどうなったんだろう、と思い行ってみた。復活していた。なんか今日は平日のなのに歌舞伎町は活気があった。しばらく行ってないからそう感じるのかなと思ったが僕が住んでいたときより間違いなく人も出て、特有のにおいがしていた。
ボーナスが出たからだね。良かった良かった。。。しかし裏ビデオの方は不作だった。イマイチ響くものがない。。。。
2ヶ月ぶりに行ったが自分の住んでいたところの前の道の幅が変わっていたり新しいラブホテルができてたりと入れ替わりをすごく感じた。自分が住んでいたときも換わり続けていたのだろうけどまったく気づかない、自分に近くない街のように思えた。少しさびしいね。
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検索ワード見てたら「タイ 売春婦の値段」とか「タイ エロイ」とかで検索されてる。。。調べる方も調べる方だが、検索されて引っかかってしまうサイトもサイトだ。他にも書いてるんだぞ。。。
でもここまで言われたらアホな事を書かなきゃいけないような気がするので今日は女の値段について。
うちの会社では町行く女に値段をつけるのが日々のルーティンワークになっている。会社の中で何人かだけど。。。
女性何とか団体に見つかったらなに言われるかわかったもんじゃないが気にしてたら生きていけない。
査定項目として年齢、ファッション、フェロモン、スタイル、自分の好み、その時の気分。以下説明しよう。
①年齢。これに関しては女は若いにこしたことない。25歳以上は2秒で切り捨て。読んでそのまま四捨五入。30歳とみなし審査外。
②ファッション。これに関してはパッとみいいか(意味不明)?エロイか?
③フェロモン。髪型とかオーラとかその女から出ているものを直感的に感じる。これが一番判定が難しい。すれ違いざまに査定額は決定させなければならないので常に神経をはりつめていなくてはならない。難しいものでこれは美人度と金額は比例しない。コンマの差で決定される。
④スタイル。これはカオでかいのはだめ。ウエストのライン重要。
⑤自分の好み。これは基本的に上記をクリアすれば何でもOK
⑥そのときの気分。これは重要だ。ブスでもやりたいときは高い値段つけるし、かわいくても眠かったり、クソだるいときは下落し続けストップ安。
まあこんな感じで日々仕事に励んでいるのだが現在までで最高値8万、最安値1200円の幅で金額は決定されている。1200円の方に合掌。
ろくでもない会社だ。。。。
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兄貴Hで検索するのは辞めてくれ。。。。。。誰が見てるかわかっちゃう。最近アクセスが増えているが検索ワードが気になるものばかり。。。
女と別れそうなので女について。最近回転が速い。前まで、1年ぐらいは彼女できたらもってたのだが最近は4ヶ月サイクル。。
で、今日本を立ち読みしてきた。なぜ女は突然怒るのか。というタイトルの非常に興味深いものだった。
題名と関係ないところでかいつまむと、付き合い始めて4年で「愛」というものはなくなるらしい。ドーパミンだとかエンドルフィンだとかイマイチ覚えにくいイルカみたいな名前の脳内物質が2年ぐらいで出にくくなってしまい、要するに飽きちゃうらしい。でも代わりに2年ぐらいしたら何とかって言うもっと簡単な名前にすればいいのに、と思うような物質が出てきてそれが安心感につながるらしい。要するにこの人といると楽だから付き合ってるという感じ。
問題はココだ。お互い安心感がなかったら・・・・と仮定するとどう考えても先はない。まず脱落。はい、俺おしまい。さようなら。
で、4年ぐらいすると何も出なくなっておしまい。はい、おしまい。
どっちにしてもさようなら。
猿とかオラウータンとかのやつらが4年が子供を生むサイクルらしい。だから人間もそうなのかも、って書いてあった。オラウータンのやつにしっかりしてもらわないと。
でも俺は4年じゃなく4ヶ月サイクル。ドーパミンが出なくなるのが4ヶ月。短いから安心感なんてない。。。そりゃ脱落するね。DNAに問題あるね。オラウータン君に見習わなくちゃ種の存続の危機になってしまう。
たぶんこのブログ読んでる人はこんな感じの人が多いんじゃないですかね。。。。
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何日かまともなことばっか書いてたので今日はこの前バンコク行ったときの話し。
ナナに行く。時はソンカーン真っ最中。レインボー4に行った。行ったら行ったで昔のよくペイバーしていた子の友達が居たりして凹む。かわいい子たくさん居たが、なんか感じ悪いなと思ってレインボー2へ。
時は0時。ブスばっかりだ。。。それはいいんだがウエイトレスがなぜか言い寄ってくる。。かわいければいーよ、うん。でもね、現実はそう甘くない。
女は22まで(見た目が)、とぶった切り、レインボー1へ。あっ、前回一緒に来たS氏のお気に入りの巻き髪がいる!!遠めにみながらテキトーにビールを飲む。するとなぜかウエイトレスが横に座り「ねえ、ペイバーしてよ。カンクン2000Bでいいから。。」っていう。
「安いのはわかる。でもね。冗談はカオだけにしたほうが・・・」って言おうと思ったが店にこれなくなるのは嫌なので穏便に済ませておいた。これって何でだ?場末感が俺に漂っていたとしか考えられない。。。。確かに初日で疲れてた。でもね、もうおっさんなのかなって思った。。。。
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何でこんなに湿気が多いのだろう。。日本は。タイもだけど。暑くて死にそうなのでブログ書く。今日は牛角で飯食ったので腹いっぱいで死にそうだ。。。。
アジアの違いと題打っているがホントのところで違いはない、と何日か前に書いたが、若干違いがあった。細かい部分でね。
今日日本人の女の子と話していて気づいたのだが「愛する」ということに関して若干のブレを感じた。何かというとその愛の質と深さである。国民性が大きく出るところかもしれない。
最近韓国のことは書いてないが、昔、韓国の女の子と付き合っていたときのその子の愛するという「深さ」は今思うと「深い」と感じる。その深さの根底はその対象となる相手を受け入れとする姿勢にある。日本人でもこの「深さ」はある。しかし本質が違う気がする。
血のつながり、血縁者のように接するのである。例えば親と子の関係のようにすべて受け入れた上で、対応策を出してくるような「深さ」である。もちろん韓国人でも人により違うのだろうが、この深さは「自分のことより他人を思いやる」、という美徳を重要視していることから生まれていると思う。日本にもその美徳観がある。両国とも宗教の影響が大きいと思う。しかし韓国の方がその美徳観に関して忠実と感じる。
日本の女の子も多少相手のこと考えてわがまま許したり、ダメ人間相手でも付き合って行くように努める。だがあるボーダーを越えると手間と面倒を考え関係を切る方向に行く。韓国人はこのボーダーラインが日本より高い。要するにわがままを許し、その上で向き合おうとする姿勢がある。人のつながりに対し真剣に取り組み、懐が深いのである。その反面、日本の大多数の女の子は人に対し、真剣に向き合うことを怖がり、一歩中に踏み入れるのを怖がっているように感じる。年齢が若ければ若いほどに。向き合うことにビビって逃げ続けても生活できる環境があるのだと思う。
この感覚を、相手をぎりぎりまで思いやり付き合ってくれるその彼女を思い出だすたび、そして僕がダメ人間であればあるほどひしひしと感じた。
日本にもこの種の女はいる。でも何か違う。「相手を思いやる」というニュアンスより、その根底には堕落や自己の弱さ、決断力のなさをよく感じる。フォローになるがあくまで僕のイメージであり、そうでない方には申し訳ない。
大陸と島国のDNAの違いなのか。経済の発展の度合いによるものなのか。両方ともはずれではないと思う。いずれにしても寂しいと思う。
好き勝手書いてしまったが、少ない僕の経験の中で感じたことである。
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ブラックアジアを読んで昨日、きっかけについて書いたが、もうひとつあるとすれば非現実感であろう。在タイの方にとっては日常、旅行者には非日常。だからこそすべてのことがインパクトある。その中で好奇心が生まれた。
日本に居てタイからメールが来る。非日常の世界から日常の世界に紛れ込んできた瞬間である。2回目に行ったとき、その好きになった子から来たメールは、そのほかの日本の女の子から来るメールより何倍もインパクトがあった。
遠すぎるところから来るものはとても印象に残る。その距離、意外性が大きな要因となる。また、海外にメールなんか返信したことないからちゃんと届くか心配だったり、携帯で返信したらちゃんと届くのか、など先が見えないところが僕の日常に生活の中に新鮮さをもたらした。15歳ぐらいのときに経験した「どうすればいいかわからない」というような感覚が蘇った。
日常の中に居ても、非日常へのコンタクトが可能であるということは「日常」の中で選択肢が増えたことになる。それは人と人のつながりがあるからできることで、その現実をより現実として教えてくれた。ここでもリアリティーである。行動の範囲が広がった瞬間である。
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